脱石油は全人類で考える事

■石油からの脱却ができない理由とは

脱石油は全人類が考えなければならない事だといって良いでしょう。その為にはまとまる必要があります。場合によっては世界的な経済連合のようなものが必要になるかもしれません。

今でいうところのヨーロッパのEUのようなものが出来て、そこで脱石油というものを宣言するような事が考えられます。そのような事でもない限り、この極めて利便性のよい資源からの脱却というのは難しいとも考えられます。

まず、この資源があまりにも簡単に手に入るという事が問題だという事になります。何しろあるモノを採ればいいというだけでいいわけですから、これほど簡単な事はありません。

油田というぐらいに大量にあるところの油をそのまま採掘すれば、莫大な金額で売れるということになるわけですから、これほどのボロイ商売はない。

そのため、今の産油国というようなところは、これだけで国が栄えるぐらいの事になっているわけですから、これが如何にとんでもない事になるのかという事も理解できるはずです。

産油国の中には税金がほとんどないような所もあるわけですら、この石油だけで国の全ての事が賄う事が出来るぐらいの大きな収益をもたらす事が出来る状態になっています。

このような事になるの、他に有効な資源がないからで、自由主義経済がこうした事を助長しているということがいえるでしょう。自由主義の場合はモノの値段は需要と供給のバランスによって決まる事になっています。

■日本のエネルギーの上昇の原因とは

つまり、他に選択肢が無くて、そこからしか手に入らないものは、圧倒的に高い値段で売る事が出来るという事になるわけです。価格決定権を売る側が持っている状態といって良いでしょう。

これが如何に凄い力を持っているのかという事は、世界の石油価格がこの産油国の意志一つで簡単に動いたという事例を見ても分かります。

少し前には、米国が新しい採掘技術を開発して、シェールオイルという油を採掘することが出来るようになったのですが、これを潰すという目的で、産油国は市場価格を大幅に下落させて、シェールオイルでは採算が取れなくするという事を画策して、これを潰すという事をしようとしました。

ですが、これが出来なくてこの値下げが無駄だと分かると、今度は一転して値上げをして、利益を最大限に獲得するという事をやり始めたわけで、今の日本の様々なエネルギー価格が上昇しているのは、この産油国の値上げに起因しているといって良いぐらいです。

つまり、世界的に市場の価格を上下させる力を産油国は持っていて、これは米国ですら潰そうとする事が出来るぐらいモノでもあったというわけです。

当然、これが異常な事だという事は世界でも認識されている事です。何しろ、産油国というのは産業的には何も作り出すという事をしていません。

単に油を売っているというだけで、世界を牛耳っているというのが今の状態なのです。日本のように何かを作り出して、それによって利益を得ているというのであれば、これは意味があると考える人も多いかもしれませんが、産油国の場合はただ採って値段を決めて売るという事をしているだけですから、これが如何にぼったくりの商売なのかという事もわかります。

■脱石油をしなければならない理由とは

そして、この石油はいずれは無くなるという事を考えれば、このような異常な状態はいち早く脱出しなければならない事は明確で、有限な資源に頼るというリスクは出来るだけ早く回避することが求められるのは当然ということになります。

何しろ今の世界はこの産油国の意志一つで簡単にふらつく状態になっているわけですから、このようなリスクの高い状態をいつまでも続けるわけにはいません。

ですが、その事が分かっていながら、今の目の前の利便性に飛びついてしまうのが自由主義の問題という事になるのでしょう。人は今の暮らしが良ければ良いとどうしても考えてしまいがちです。

一部の人が将来の為に今は我慢という事を言っても、大方の人がそれが出来なければ意味は無いわけです。

という事は、自由主義でもこれを成し遂げるという事を出来るようにするには、世界は一つのまとまる必要があるのかもしれません。世界政府のようなものを作ると良いのですが、世界政府ということになると、これは全ての事において、まとまる必要があるので、難しいところが多々あります。まず実現は不可能だといって良いでしょう。  「長岡石油より一部抜粋」

ですが、EUのようなある目的の為には団結するという事は出来ない事ではありません。EUは経済というところでは目的を同じにするという事で、欧州の諸国が連合体を結成することで成立しました。

様々な問題がある事は確かですが、別に国家という体を為さなくて、人がまとまる事が出来るという事を示した一つの形ではあると考えてもいいでしょう。

とすれば、脱石油という共通の目的で人々がまとまるという事を考えても良いのかもしれません。これが出来るようになれば、大きな可能性が見えてくるかもしれないのです。